【映画】名探偵コナンのストーリー構造について考えた。

1997年以来、毎年恒例名探偵コナンの映画が今年も4月15日から劇場公開となっている。今年は「から紅の恋歌(ラブレター)」。遅ればせながら私も最近劇場に足を運んだ。私としては、これまでの作品の中では一番好感の持てる作品であった。どちらかというと論理よりも人情劇を楽しむ映画ではなかっただろうか。

画像出典:東宝シネマズwebページより

私はもちろんコナンの映画シリーズ全21作を見ているが、映画館で観賞し始めたのは第12作目「戦慄の楽譜」からだったと記憶している。約10年ほど劇場で見てきた身として、コナン映画分析と称して、そろそろ一筆思ったことを簡単に書いておこうというのがこの記事の主旨である。というわけでまず今回は、最近のコナン映画のストーリー構造について書こうと思う。

ストーリー構造

全コナンシリーズを通して、コナン映画はストーリー構造的にはわかりやすい。大雑把に言えば極ベーシックな起承転結であるが、最近の私の中での分類の仕方は「起ドン!・承・転・結・結ドン!」という5フェーズであり、熱量・エネルギーに関していうとU字型ポテンシャルとなっている(下図)。つまり、最初と最後の熱量・エネルギーが高く、中盤はまぁ穏やかといった構造である。各フェーズについて述べる。

「起ドン!」

まずは先頭の「起ドン!」である。映画の冒頭部分であるため、事件が発生する重要なフェーズである。 特に15作目「沈黙の15分」以降、この導入部分でモサドの暗殺実行部隊「キドン」もびっくりの「ドン!!」という演出があるため、「起ドン!」と(勝手に)呼称している。15作目という分岐点は監督が山本泰一郎氏から静野孔文氏に変わった時期であり、監督の意向により冒頭に「ドン!」という衝撃的なシーンを持ってくるようになったのではないかと推測する。これにより、グッと観客を映画に没入させる効果があると考えられるため、私はいい演出であると思う。

具体例を挙げておくと、前回の「漆黒の悪夢」では赤井・安室・キュラソーのカーチェイス、前々回作「業火の向日葵」でいう所の「怪盗キッドの盗み+飛行機故障しながらの着陸」などである。

このフェーズは個人的にも楽しみにしているところである。最新作でも期待通りであった。

「承」

「起ドン!」の後に一旦小休止を含めつつストーリーの基盤を作るフェーズである。毎回恒例阿笠博士のクイズが出てくる。最新作では若干無理やり感があったが、そんな無理やりにでも登場させるシーンなのかと思ってしまう(笑)。

「転」

「承」を受け、推理を進めて行くフェーズである。事件を解決が向かっていく中でも若干関連する事件が起きることもあるため、熱量的には若干の揺らぎがある。「転」と「結」ではロケーションが異なることが多いため、ここの切れ目はわかりやすい。

「結(1)」

事件の結び目としての「結」である。「転」から場所を移してクライマックスに向け準備し、事件が解決して犯人が確定するまでがこのフェーズである。この辺りになると熱量もかなり上がってくる。 この後に犯人(もしくはそれに準ずる人)が余計な何かをしでかすため、この後「結ドン!」がある。

「結ドン!」

最後の結。推理を終え、事件が解決した後の「ドン!」である。ここが一番熱量としては高い。概ね「結(1)」か「転」の中で伏線が張られており、最後の「ドン!」が起こる可能性がなんとなく見える。事件が解決されて終了と思わせておき、そこで最後に犯人(もしくはそれに準ずる人)が「ドン!」と何かをしでかす(もしくは既にしでかしていることが明らかになる)。大体は他の人も巻き込んで自決しようとすることが多い。それに伴い、運の悪い誰かが命の危機に瀕してしまうが救助されるというストーリーがここで発生する。(救われる対象としては蘭が多いか。)

ただし、当たり前だが、アニメ・漫画のストーリー等の連続性を考えると主要キャラクターが死ぬことは考えられない。そのため、極度に危険な状態であったとしても、どうせ助かるのだろうという意識がどうしても私は芽生えてしまう。これが緊張感を最大限まで高めることの妨げになっちゃってるなぁと勝手に思う(まぁ普通の映画でも主人公はほぼ死ぬことはないけど笑)。

個人的な楽しみポイント

大体私は1作品につき、1回以上爆笑している(もちろん声を出さずに)。爆笑の理由は、明らかに現実的にはありえないことをやってのけてしまうコナン君の凄さである。大体熱量が高いシーンで発生する事象のため、「起ドン!」「結ドン!」のどちらかのフェーズが多い。具体例を挙げておくと、最新作では「起ドン!」フェーズのコナン君がビルの上からの脱出劇である。「11人目のストライカー」の場合、最後の最後(「結ドン!」フェーズ)に起爆装置にサッカーボールを当てて爆発を阻止するシーン(などその他多数)である。

ちなみに、こういった現実離れしたシーンが多く、ギャグ映画に見えるという批判もあるようだ。おそらくこの程度の現実離れが受け入れられないという人は、恐らくコナン宇宙の原理を理解できないだろう。そもそも薬を飲んで小さくなっている時点でドラスティックに現実離れしているのだから、この程度の現実離れがなんだというのだろうか。受け入れられない人はここは割り切るしかない。私は爆笑できる。

最後に

以上、名探偵コナン映画に関してのストーリー構造についての私の個人的な見解であった。私は概ねこのような視点でフェーズを分けて見ている。このように見るとある程度俯瞰で見れるので、最後の「結ドン」への布石を置いたことなどが分かり、より深く楽しめるような気がしている。